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大阪高等裁判所 昭和26年(う)51号 決定 1952年1月22日

抗告人 金根鳳 外一四名

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各即時抗告の趣旨は、本決定書末尾添付の各被告人等作成即時抗告の申立と題する書面記載のとおりである。

抗告人金根鳳ほか十四名に対する騒擾及び昭和二十五年政令第三二五号違反、公務執行妨害被告事件(第五班)記録を精査するに、昭和二十六年十月六日附抗告申立人(以下(一)組と略称する)である被告人金根鳳、同金泰益、同趙允七、同康斗堅、同裴基栄、同全昌燮、同閔仁出、同朴相俊、同尹在満、同崔泰元、同李福文、同金末徳及び同月二十三日附抗告申立人(以下(二)組と略称する)中の被告人金順善、同洪徳善、以上合計十四名は、昭和二十五年十二月十八日附を以てそれぞれ起訴せられ、第一回公判期日前に併合決定あり、右(二)組の抗告申立人の一人である被告人朴綸極のみ昭和二十六年五月二十四日附を以て起訴せられ、前記十四名の被告人等に関する第六回公判期日において更に同被告人等と併合されたものであるが、被告人朴綸極を除く十四名の被告人等に関する審理の経過を見ると、昭和二十六年一月二十九日の第一回公判期日において、裁判長が被告人等に対し順次氏名を呼び上げたところ、被告人等はいずれも答えず、更に被告人等に対し日本語に通ずるか否かを尋ねたところ、被告人等はいずれも答えなかつたので、裁判長は、合議の上、被告人等はいずれも朝鮮人であつて日本語に通ずるかどうか判明しないから在廷の平田三郎をして通訳せしめる旨の決定を宣し、全被告人について右通訳人を通じて審理を為し、あらためて各被告人に対し日本語に通じているかどうかを尋ねたところ、被告人城本義男こと金根鳳及び被告人金田正子こと金順善はそれぞれ「日本語は大概わかります」と述べ、他の被告人等は大概わかると言うもの、少しわかると言うもの、わかりませんと言うもの等々区々に陳述し、同期日においては、被告人金根鳳、同趙允七、同康斗堅が、被告人等に対する拘置所の処遇並びに法廷への護送方法等について苦情を申述べ裁判長と弁護人との間に保釈問答があつて終り、同年二月末頃から三月初頃にかけて各被告人の保釈が許されたのであるが、同年三月一日の第二回公判期日において、裁判所は新たに在廷の川島一雄に通訳させる旨の決定を宣し、前記平田三郎と共同して通訳すべきことを命じ、不出頭の被告人閔仁出を分離したところ、検察官は、被告人等がいずれも日本語に通ずるものであることを疎明するため、被告人等の取調に関与した司法警察職員及び検察事務官各作成の報告書又は復命書を提出し、裁判所はこれを受理し、被告人金根鳳が「公平な審理のため被告人、特別弁護人、傍聴人と共に会議をもちその上で審理を進められたい」と述べたのに対し、裁判長はその必要を認めないと告げ、合議の上「被告人金根鳳、同金順善は日本語に通じているものと認めるから、爾後の審理においては日本語により陳述するよう」命じ、検察官は、被告人金泰益、同趙允七に対する各起訴状を朗読し、同日午後の法廷において、被告人康斗堅が音頭をとり他の被告人等の大部分がこれに和し、一斉に朝鮮語の歌を高唱し裁判長の制止をきかなかつたため、裁判長は、康斗堅に対し不当な行状ありと認め退廷を命じたが間もなく入廷を許し、更に裁判所は、在廷せる池田寅雄を通訳人として前記平田、川島と共同して通訳すべきことを命じ、検察官は、被告人康斗堅、同崔泰元、同裴基栄、同全昌燮に対する各起訴状を朗読したところ、被告人金根鳳、同金順善は、裁判長に対し、「日本語に十分通じていない。朝鮮語は訴訟におけるわれわれの武器であるから朝鮮語を使用したい」と述べ弁護人これに同調し、閉廷、同年三月二十九日の第三回公判期日において、裁判所は、通訳人平田三郎、同川島一雄の共同通訳を介して審理し、被告人閔仁出を併合し、検察官提出にかかる、被告人閔仁出が日本語に通ずることを報告する趣旨の書面を疎明資料として受理し、検察官が被告人朴相俊、同李福文、同閔仁出、同金順善、同金根鳳、同洪徳善、同尹在満、同金末徳に対する各起訴状を朗読して閉廷、同年四月二十四日第四回公判期日において、裁判所は前記通訳人平田、同川島に対し、被告人金根鳳、同金順善を除く被告人等のため本件について共同して通訳するよう命じ、不出頭の被告人閔仁出を分離し、裁判長は刑事訴訟法第二百九十一條第二項、刑事訴訟規則第百九十七條第一項の事項を告げ、各被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述することがあるかどうかを尋ねたところ、弁護人から起訴状について釈明を求め、被告事件についての陳述に入らずして閉廷し、同年五月十七日の第五回公判期日において、裁判所は前同様通訳人平田、同川島に対し、被告人金根鳳、同金順善を除く被告人等のため共同して通訳するよう命じ、検察官から一九五〇年六月十七日附連合軍最高司令官発覚書について釈明があり、裁判長は、被告事件についての陳述に入る旨告げたが、弁護人から続行申請があつて閉廷した。一方被告人朴綸極については同年六月四日第一回公判期日が開かれ、検察官から、同被告人が日本語に通じておることを疎明するため、同被告人の所持品として日本共産党の機関紙「前衛」及び封書、手帳の類を提出したが、裁判所は、これを受理せず、同被告人は朝鮮人であり、日本語に通じているかどうか明らかでないから在廷の平田三郎をして通訳させる旨の決定を宣し、同通訳人を介して審理をし、検察官から同被告人に対する起訴状の朗読あり、裁判長が同被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えたところ、弁護人と検察官との間に前同様起訴状に関する釈明の応答があり、被告事件についての陳述に入らずして閉廷した。同年六月七日第六回公判が開かれ、裁判所は平田三郎に対し前回に引続き通訳すべきことを命じ、被告人閔仁出、同朴綸極を併合し、被告人等及び弁護人等に対し、あらためて被告事件について陳述する機会を与えたところ、被告人朴綸極は、裁判長に対し、八班に分割して審理しておるのを統一審理すべきこと、被告人中日本語に通じておるという理由で裁判所が日本語の使用を強いておる者があるが、朝鮮民族の誇のため朝鮮語の使用を許されたいと主張し、裁判長は、百数十人を併合審理することの困難なることを告げ朝鮮語の使用については、日本の法廷では原則として日本語を用いることになつており、従つて日本語に通じていると認めた被告人については日本語で陳述させ、日本語に通じない者又は日本語に通じているかどうか判らない者については何国人であつても通訳をつけるのである旨説示したが、被告人朴綸極は金根鳳等をして十分に自己の意思を発表させるため母国語を使用せしむべきであると繰り返し主張し、裁判所は、その時出頭した川島一雄に対し、被告人朴綸極のためにも通訳人平田と共同して通訳すべきことを命じ検察官から起訴状に関する釈明があつた後、裁判長が被告事件について陳述に入る旨告げたところ、被告人金根鳳は朝鮮語を以て陳述を始め、裁判長の制止にもかかわらず朝鮮語の発言を続けたので、裁判長は同被告人に対し退廷を命じたが、被告人朴綸極は音頭をとり、他の被告人等及び朝鮮人の傍聴人等は一斉にこれに和して朝鮮語の歌を高唱し、裁判長の制止をきかなかつたので、裁判長は被告人朴綸極に退廷を命じたところ、他の退廷を命ぜられない被告人等及び朝鮮人の傍聴人等は右の歌を合唱しつつ全員退廷したので一旦休憩し、その後全被告人を入廷させて再開したが間もなく閉廷、同年六月二十八日の第七回公判期日において、平田三郎に対して通訳を命じ、被告人朴相俊、同康斗堅は、順次朝鮮人に対する日本政府並びに日本人の待遇を詳細に亘つて非難し重ねて母国語による陳述を要求したのに対し、裁判長は、前記の説示を繰り返し、なお日本語で表現し難い個所は朝鮮語の陳述を許すべき旨告げたところ、被告人朴綸極及び弁護人竹内信一並びに同伊藤誉志雄は、順次、憲法の保障する表現の自由は裁判所法及び刑事訴訟法に優先するから、被告人金根鳳ほか一名に対し朝鮮語を使用せしむべきであると要求して閉廷、同年七月十九日の第八回公判期日において、裁判所は前同様平田、川島の両名に対し共同して通訳すべきことを命じ、被告事件について陳述を為すべく発言台に立つた被告人金根鳳に対し、裁判長が、同被告人は日本語に通じていると認めるれるから日本語で陳述するよう命じたのに対し、被告人朴綸極は母国語による陳述を繰り返し主張して閉廷、同年八月二十八日の第九回公判期日において、裁判所は前同様平田、川島の両名に対し共同通訳を命じ、不出頭の被告人金泰益、同朴相俊、同金根鳳を分離し、裁判長が被告事件について陳述を聴く旨告げたのに対し、被告人朴綸極は傍聴席にいる警察官の退廷を要求して閉廷、同年九月十八日の第十回公判期日において、裁判所は前同様平田、川島の両名に対し共同通訳を命じ、被告人金泰益、同朴相俊、同金根鳳を併合し、被告事件について陳述に入つたところ、被告人金根鳳が朝鮮語をもつて被告事件についての陳述を始めたので、裁判長は、同被告人は日本語に通じていると認めるので日本語で陳述するよう命じたが、被告人朴綸極は朝鮮民族の自立のため朝鮮語の使用を主張し、裁判長の説示にかかわらず、被告人金根鳳は再び朝鮮語をもつて陳述を始め、裁判長の制止にかかわらず、反抗的態度で高声を張り上げ、なおも朝鮮語で発言を続けたので、裁判長は、金根鳳に対し、裁判長の訴訟指揮に従わず、不当な行状ありと認め退廷を命じたが、同被告人は退廷をがえんぜず、被告人朴綸極は、起立して傍聴席に向い音頭をとり朝鮮語の歌を高唱し、在廷の被告人等及び傍聴席の大部分を占める朝鮮人等は一斉に立ち上つてこれに和し、朝鮮語の歌を高唱し、裁判長の制止にかかわらず、朴は音頭をとつて斉唱を続けたので、裁判長は、同被告人にも退廷を命じたところ、他の被告人等及び朝鮮人の傍聴人等は右の歌を合唱しつつ一斉に退廷し始めたので、裁判長は、被告人金根鳳、同朴綸極を除くその他の被告人等に対し数回にわたり、裁判長の許可なしに退廷してはならないと制止し、在廷の竹内弁護人も同様制止したにかかわらず、被告人崔泰元を除く被告人等は全員退廷したので、裁判長は合議の上、裁判長から退廷を命ぜられ、又は裁判長の許可なしに退廷した被告人等の陳述を聴かないで審理する旨を告げ、被告人等の主任弁護人兼副主任弁護人である竹内信一は、右の被告人等については弁護人としても裁判所がその陳述を聴かずに審理を進められることに異存はないと述べ被告人崔泰元のみ、被告事件について起訴状記載の事実は全部虚構である旨陳述し、竹内弁護人は、弁護人の陳述準備のため続行を求めて閉廷し、同年十月四日の第十一回公判期日において、裁判所は前同様平田、川島の両名に共同通訳を命じ、前回審理途中で分離した被告人趙允七から被告事件についての陳述を聴いた上で併合し、不出頭の被告人金順善、同洪徳善、同朴綸極を分離した後、裁判長は、前回の公判において、裁判長の訴訟指揮に従わず不当な行状があつたため退廷を命ぜられた被告人等及び裁判長の制止にかかわらず退廷した被告人等の陳述を聴かないで審理することに決定し弁護人の陳述段階に入つた旨告げたところ、被告人康斗堅は被告事件についての代表陳述を要求し、同被告人の副主任弁護人竹内信一は、被告人が被告事件についてあくまで陳述したいと申出た場合、陳述させても特に訴訟を遅延せしめるとは考えられないので陳述する機会を与えるが妥当であると述べ、裁判長が、本件においてはすでに被告人朴相俊、同康斗堅が代表陳述をしており、本件に関連する他の班における被告人等の代表陳述も聴いているので、これ以上代表陳述を聴かなくても審理にさしつかえないものと認められる、又被告人個人別の陳述は裁判所が必要あらば次の段階で聴くことにしこの段階では被告人の被告事件についての陳述を聴かない旨及び被告人等には今日まで十分陳述の機会を与えておるのみならず、被告人等は退廷を命ぜられ、又は許可なくして退廷したのであるから被告事件について陳述する機会を失つたものと解する、なお次の段階において被告人等に対し質問し、それによつて被告事件について陳述させることもできる旨告げたところ、被告人尹在満は、われわれは用語問題について裁判長の処置に納得できないので退廷したのであつて、被告事件について陳述する機会を放棄するため退廷したのではないから被告人金根鳳に代表陳述をさせ、それから個人別の陳述を聴かれたいと述べ、裁判長は、被告人金根鳳に代表陳述する機会を与える必要を認めないと告げたところ、被告人康斗堅は「裁判長が被告事件についてわれわれに代表陳述を許さないということは、言論の自由の制限であり、又朝鮮人に朝鮮語の使用を許さず、日本語の陳述を命ずることは、不当に防禦権の行使を制限し人権のじゆうりんである、被告人の意思を無視して一方的に審理を進める態度等を併せ考えて不公平な裁判をする虞があるので、裁判長を忌避する」と申立て、在廷せるその他の被告人等は、全部康斗堅と同じ理由により裁判長を忌避すると申立てた。検察官及び竹内弁護人は各意見を述べた後裁判長は、合議の上「被告人等の裁判長忌避申立はいずれも訴訟を遅延させる目的のみでされたものと認め、右申立はこれを却下する」旨の決定を宣し、特別弁護人鄭南宙は朝鮮人に対する日本の待遇について非難し、竹内弁護人は書面に基づき被告事件についての陳述を為し検察官から証拠申請があり、決定があつて閉廷、同年十月二十三日の被告人金順善、同洪徳善、同朴綸極の三名に関する第十二回公判期日において、裁判所は、平田、川島の両名に対して共同通訳を命じ、裁判長が、前回同様裁判長から退廷を命ぜられ又は裁判長の制止にかかわらず退廷した被告人等の陳述を聴かないで審理することを決定し、弁護人の陳述段階に入つたので、本日は弁護人の陳述を聴く旨告げたところ、被告人朴綸極は、われわれの退廷は裁判長が勝手にさせたものであり、われわれは被告事件について陳述する機会を放棄したものでないからあくまで被告事件について陳述することを要求すると述べ裁判長は、本件に関しては分離前にすでに被告人朴相俊、同康斗堅が被告事件について代表陳述をしているし、またその他の被告人等にも今日まで十分被告事件について陳述する機会を与えているのであつて、被告人崔泰元を除くその他の被告人等は第十回公判において退廷を命ぜられ又は許可を受けずに退廷したのであるからこれ等の被告人の陳述を聴かずに審理することにしたのであつて、あらためて陳述させる必要を認めない旨告げたのに対し、被告人朴綸極は「裁判長がわれわれに被告事件について陳述をさせないということは被告人等の防禦権の行使を妨げるものであり、また朝鮮人に朝鮮語の使用を許さず日本語の陳述を命ずることは基本的人権をじゆうりんするものであつて、不公平な裁判をする虞があるから、裁判長を忌避する」と申立て、被告人金順善、同洪徳善は「被告人朴綸極と同じ理由により裁判長を忌避する」と申立て、検察官及び竹内弁護人から意見の陳述があつた後、裁判長は、合議の上「被告人等の裁判長忌避申立は、いずれも訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであると認め、これを却下する」と決定を宣し、竹内弁護人の被告事件についての陳述があつて、検察官から証拠申請あり、決定があつてから、同日他の被告人等と併合せられ、証人尋問に入つたことを認め得る。

被告人金根鳳ほか十一名(一組)の抗告趣意第一点は、裁判所は被告人金根鳳が朝鮮語で陳述しようとするのを阻止し、その命令に従わないとして同被告人に退廷を命じたので、他の被告人等はこれを不当として退廷したのであるが、自己の属する民族の言葉で語る自由は国際社会における普遍的、基本的人権であつて、ことに被告人として断罪するに当り、被告人から発言の自由、自己の選択する言葉による表現の自由を奪うことは被告人の防衛権を奪うことであり不当であると言い、被告人朴綸極ほか二名(二組)の抗告趣旨第一点は、人間が自己の民族の言葉で語る自由を持つことは、自然的原則であり、基本的権利であり、民族的名誉である。「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から除去しようと努めている」ことを宣言した日本の憲法は、当然に各民族の人々が民族の言葉で語る自由を擁護しておる。表現の自由の保障は、各人が最も自己の意思を完全に表現し得ると考える言葉の選択の自由を与えねばならない。刑事被告人には最も表現の自由が確保されなければならない。本件被告人の大多数は、通訳を介し日本語は朝鮮語に朝鮮語は日本語に一々通訳されておるから、被告人金根鳳ほか一名に朝鮮語の使用を許しても訴訟の進行の障害とはならないのに、これを禁止するのは違法である。裁判所法第七十四條は、裁判に関する規定であつて、被告人が自分の民族の言葉で言うことを制限するものではない。日本語に通ずるか否かは被告人の判断にまつべきものであつて、裁判所の判断を以て被告人に強制すべきものではない。神戸地方裁判所の「日本語に通ずる者はたとえ外国人といえども日本語を以てせねばならない」という解釈は、憲法違反であると言うのである。よつて案ずるに、前記訴訟の経過に鑑みると、原裁判所は、第一回公判期日においては、全被告人について通訳人に通訳をさせたが、第二回公判期日において、そのうち被告人金根鳳及び同金順善につき、日本語に通じているものと認めその後の審理においては日本語により陳述すべきことを命じ、その他の被告人等について通訳人をして通訳させることにしたのに対し、朴綸極はじめ被告人等は、繰り返し右両被告人に毋国語による陳述をさせることを主張し、いたずらに公判期日を空転せしめたのであるが、裁判所法第七十四條には「裁判所では日本語を用いる」と定めてあるから、日本裁判所における用語は日本語である。それで刑事訴訟法第百七十五條には、国語即ち日本語に通じない者に陳述をさせる場合には通訳人に通訳をさせなければならないと規定してある。従つて日本の裁判所においては、日本語に通ずる者はその国籍のいかんにかかわらず日本語を用うべきであつて、ただ訴訟関係人特に共同被告人中の一部の者が日本語に通じないときは、他の者の日本語による陳述を通訳させることを要する場合があるが、そのため日本語に通ずる者をして他の国語によつて陳述せしむべきものではない。憲法第二十一條第一項は集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を保障しており、右の自由は立法によつてもみだりに制限されないものであることは言うまでもないが、しかし、憲法の保障する自由及び権利はこれを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うことは、憲法第十二條の定めるところである。従つて新憲法下における表現の自由も、決して無制限の自由を享有しておるのではなくて、公共の福祉のため合理的な制限のおのずから存することは言をまたない。口頭弁論主義は法廷における口頭の陳述を直接五感によつて理解することを目的とする。日本の裁判所における用語を原則として日本語に限定し、日本語に通じない者に陳述をさせる場合にのみ通訳人に通訳させることにしたのは当然である。従つて、日本の裁判所においては、たとえ外国人であつても日本語に通ずる場合には日本語を用いさせ用語の自由なる選択を許さないのであつて、このことは憲法第二十一條第一項の定める表現の自由の保障に違反するものではなく、又所論の憲法前文や基本的人権に脊反抵触するものでもない。前記の裁判所法第七十四條並びにこれに関する原裁判所の解釈は、何ら憲法に違反するものではない。また事実、日本語を理解し且つ日本語を以て自己の意思を表現し得るにおいては、その毋国語による場合に比し表現上多少の不便はあつても、通訳人を介して毋国語によらしめるよりも却つて真意を聴き且つ伝え得て、口頭弁論主義の要請に合致すると言えるものである。しかして、陳述者が日本語に通ずるや否やの判定は、陳述者の自由な申出によるのではなくて、裁判所の合理的な判断に委ねられるところである。即ち、裁判所は、陳述者の経歴や環境、理解と表現との能力や態度、その他の資料によつて、日本語に通ずるや否やを合理的に判断すべきであつて、要するに、陳述者をして日本語を用いさせるか、外国語を用いさせて通訳を介するかを決定することは、専ら裁判所の訴訟指揮権の範囲に属することである。前記の如く、原裁判所は、被告人金根鳳、同金順善の第一回公判期日における「日本語は大概わかる」旨の供述その他の陳述、検察官提出の疎明資料等によつて、同被告人等については、日本語を以て十分に防禦を為し得るものと認め、通訳を用いて朝鮮語によらしめるの要なきものと判断したのは正当であつて、その間、防禦権の不当な制限その他違法の点は全くない。ことに法廷戦術として朝鮮語の使用を主張するに至つては言語道断と言うのほかない。

次に両抗告の趣意第二点は、原裁判所が、裁判官から退廷を命ぜられ又は任意に退廷した被告人等について、被告事件についての陳述を許さず、又代表陳述の機会を与えなかつたのは、違法であり又憲法の全趣旨に反すると言うのである。しかし、前記訴訟の経過を見るに、検察官の起訴状朗読がようやく終り、被告人等が被告事件について陳述するに当り、被告人金根鳳は裁判官から日本語に通じておると認めるから日本語によるべきことを命ぜられたにかゝわらず朝鮮語による陳述を続けたため退廷を命ぜられ、同時に、被告人朴綸極は、法廷において音頭をとり他の被告人等及び朝鮮人の傍聴人等とともに朝鮮語の歌を合唱したゝめ同被告人も退廷を命ぜられ、他の被告人等はこれに対し裁判長の在廷命令をきかず一斉に退廷するというが如き不当な行状を繰り返ずこと、第六回公判期日及び第十回公判期日の二回にわたつたのであつて、被告人等の行為は、用語問題を法廷戦術として使用し、法廷をことさらに混乱に陥れ、訴訟の進行を妨害しておるものと認めるのほかはない。刑事訴訟法第三百四十一条によれば、裁判所は、被告人が許可を受けないで退廷し、又は秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、その陳述を聴かないで判決をすることができるのであるから、かゝる場合、許可を受けないで退廷し又は退廷を命ぜられた者の被告事件についての陳述を聴かないで、次の訴訟段階に移行するのは当然である。また、検察官の起訴状朗読に続いて被告人等が被告事件について陳述するに当り、共同被告人の陳述が同一趣旨であるときその一人に代表陳述をさせることは不当ではないが、被告人等が代表陳述と称し、こもごも立つて被告事件に関連のないことを陳述することは、もちろん許されないところであつて、代表陳述を許容するか否かは裁判所の訴訟指揮権に属するからである。

被告人等は裁判長から前後六回にわたり被告事件について陳述する機会を与えられたにかゝわらず、被告人等の大部分はその権利を行使せず、遂に不当なる行状によつて自らその機会を喪失又は放棄したものである。重ねてその機会を与えなかつた原裁判所の措置には何ら違法の点はない。然るに被告人金根鳳ほか十一名は、第十一回公判期日において、被告事件について金根鳳の朝鮮語による代表陳述と他の被告人等の個別陳述とをさせることを要求し、被告人朴綸極ほか二名は第十二回公判期日において、被告事件についての陳述をさせることを要求し、いずれも裁判長の説示をきかず、裁判長が不公平な裁判をする虞があると主張して裁判長忌避の申立を為したのである。かような忌避申立は、本件訴訟の経過に照らして、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことは明かであるから、原裁判所が決定でこれを却下したのは当然であつて、何ら違法の点はない。

被告人金根鳳ほか十一名の抗告趣意第三点は、被告人等が裁判所の忌避申立却下決定に対し、即時抗告をする旨言明したにかゝわらず、裁判長が訴訟手続を停止せずこれを進行したのは不法であり、忌避の理由あることが明白であると言うのであるが、刑事訴訟法第四百二十五条は「即時抗告の提起期間内及びその申立があつたときは、裁判の執行を停止する」旨規定しておるけれども、これはたゞ原則を示したに止まり例外を許さない趣旨ではないから、刑事訴訟法第二十四条が訴訟を遅延させる目的のみで忌避の申立を為すが如き刑事訴訟法の精神に反する申立を直ちに却下し、訴訟手続を続行してその目的を達せしめないようにしておる法意から言うても、即時抗告の提起期間内はもちろん、その申立があつたときでも、訴訟手続を停止すべきものではない。被告人金根鳳ほか十一名の抗告、被告人朴綸極ほか二名の抗告は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて刑事訴訟法第百二十六條第一項に従い主文のとおり決定する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

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